トンレサップ湖・カンボジア 2004

 トンレサップを超えて - トンレサップ湖

 
 カンボジアの首都・プノンペンの次に目指すのはアンコールワットのある町・シェムリアップだ。

 ここへはプノンペンからバスかスピードボートで行く事ができる。私が旅していた2004年 - この頃のカンボジアの情勢はもうすっかり落ち着いていたが、一昔前、つまりはクメール・ルージュの残党なんかがまだ居た頃にはバスだと襲撃される危険があり、ボートの場合は船の甲板に出なければ狙い打ちされる心配はなかった - などという話を聞いていたが、2004年の頃にはもうバスであろうがボートで移動しようがクメール・ルージュに襲われるなどという事はない、そんな平和な時代に徐々になりつつあった。

 さて、バスとボートどちらで行くか - 時間はどちらもそれほど変わらず6時間程度掛かるとの事で、バスだと4ドル、ボートだと5倍の20ドルもするという。しかし、このアジアの旅のスタートは福岡から釜山までの船でもあったし、その後も船に乗る機会があれば船を利用してきた。そんな事もありトンレサップ湖観光も兼ね私はボートのチケットを購入する事とした。

 ボートは1日1便、朝7時半出発だ。まずはまだ薄暗い中プノンペンの町中で6時半発のバスに乗り込み、ボート乗り場まで移動。そこでボートに乗り込み出発を待っている頃、辺りはようやく明るくなってくる。湖を照らし始める太陽で辺りはオレンジ色に染まり始め、ボートは湖に出るまでにまずは川を北上し続ける。

 途中途中水上で暮らす人々の家々を眺め、子供たちが手を振るのに応えたり、草を食む水牛を眺めるといったのんびりとした時間を過ごしている内に広い湖に出た。 - トンレサップ湖だ。思っていたよりも広い。そしてそこからボートは一気にスピードを上げシェムリアップへ向けてひた走り始めた。
 

 湖に浮かぶ家から家へとモノ売りの子供達が居たりと正にここでの人々の暮らしというものは湖にあるという事を知らしめてくれる。

 ここで生まれ育つという事はどんな感じなのであろうか。そんな事を思っているとボートはとある家というか桟橋に横付けし新たな客を乗せようとしている。その客はアメリカ人風の白人で背中に担いだ小さなリュック、そして手にはアコースティックギターをケースにも入れずに1本手に抱えている。こんなところに宿泊していたのか?そしてどうやってこの船をここから乗るように手配したのだろうか? - それらは結局解けない謎であったが、旅人は本当に至るところにいるものだ。そんな新たなお客を乗せてボートは北へ北へとひた走る。

 - 6時間後のお昼過ぎ、船は無事シェムリアップ近くに到着した。ボートを降りると岸には客引きのバイタク(バイクタクシー)の兄ちゃん達がぎっしりと並んでいた。みな手に手に段ボールのようなボードを持ち、その中に私の名前を書いたボードを持っている人がいた。その彼曰く私がチケットを買った会社と同じ会社から来たという - (が、後で他の旅行者に聞いた話だとプノンペンでチケットを買った会社が乗客の名簿をシェムリアップのバイタクの人達に売っているというような事であった)、ともかく周りは客引きやら値段交渉している人達の喧騒に包まれ、私もその時は状況がよく理解できず(何故私の名前を書いたボードを持っている人がいるのだ?)などなどで、何が何だかという風でもあったが、特にこのバイクに乗っても問題なさそうであったのでシェムリアップで泊まる予定にしていた宿までこのバイクに乗ることとした。

 6時間ばかしの船旅を終え、その次はバイクでアンコールワットのある町、シェムリアップまで - 私と10数キロあるバックパックを乗せ、赤茶けた大地をバイクはひた走る。そんな光景に包まれて、私は「何だかとってもアジアだなぁ」なんて当たり前の事を思ったりした。

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