2005年8月 ー 最終目的地のラサに到着後、ここからはネパールに抜ける予定であった。しかし、雨季の後であった為か道が泥濘んでいるとの事で国境までのバスがこの時期は走っていない。道中知り合った日本人メンバーと相談し、みんなでランドクルーザーを1台チャーターしネパールを目指すことにした。
メンバーは私の他に、デザイナーのSくん、カメラマンのMさんとその彼女 ー 彼等とはそもそも中国や東チベットで出会いここラサでも再会したメンバーだ。車には5人乗れるという事で、あと1人メンバーが居た方が1人頭の値段が安くなる。デザイナーのSくんが素敵なイラストを描いて宿の1階にある掲示板にメンバー募集の貼り紙をしたところ、女性1人旅をしていたLさんが参加してくれることになった。
総勢5名、4泊5日の行程でヒマラヤを超えネパールへ。因みにこの時、ランドクルーザーのチャーター代金は1人1,000元(x約1.5円)であった。
Day1
7時AM起床。今日からネパールまでのランドクルーザーの旅であるが、残念ながら外は小雨模様だ。
8時15分にドライバーと合流し一路南へ。今日はまずギャンツェという街まで走るらしい。
途中、ヤムドク湖へ立ち寄る。美しいブルー色をした湖だ。これで晴れていればもっと美しかったかもだが、十分だ。近くでホースレースをやっており、こちらも見学。ホースレースといえば東チベットのイメージがあるが、夏の時期はチベットのあちらこちらで行っているようだ。
夕方4時頃、ギャンツェに到着。町の中心にはギャンツェ・ゾン(城)が堂々と聳え、昔ながらのチベットの町並みが残る素朴で美しい町だ。
宿に荷物を一旦置いて町をぐるりと巡る。道々、出会った人たちの笑顔も柔和で素敵な町だった。
Day2
この日も7時AM起床。みんなでギャンツェ・ゾンの頂上まで登ってみることに。頂上からは朝靄に包まれたギャンツェの街並みが見下ろせた。実に幻想的だ。然程メジャーでもないが、素敵な街がチベット各所にはこのように点在しているのだなぁと実感させられる。
ギャンツェから車で2時間ほど走り、シガツェに到着。ここはラサに次いでチベットで2番目に大きな街だ。街の中心にはタシルンポ・ゴンパがある。ここの宗主はパンチェンラマであり、この辺りはゲルグ派の僧侶たちが多い街である。
お寺の周りをぐるりと囲むようにあるコルラ道と歩く。途中マニ石を刻んでいる石工さんの姿を見かけた。一心不乱にマニ石を掘るその姿は実に神々しい姿でもあった。
Day3
この日はエベレスト・ベースキャンプ(略してB.C)まで行くのでいつもよりも早起きし6時AM起床。
エベレストB.Cの拠点となる町に行くまで、道がかなりぬかるんでおり、タイヤが泥にはまってしまうというハプニングも。しかし運良く通りかかったクレーン車に車を引いてもらったりしながら、どうにか進み、シェーカルという聞いたこともない町へ到着。
ここでエベレストB.Cに入域するパーミットを取得。そこからまた車で暫く走り、ようやくエベレストB.Cに到着したと思いきやそこから更に登っていかなければならないとのこと。
エベレストB.Cまでの道のりはさすがに長い。そしてそこまでは車は入れないらしく馬車1台を60元でシェアしB.Cを目指す。
しかし、この馬車がとてもゆっくり、というか遅い。。歩いた方が速いのではないだろうかというようなスピードで進む。
どうにかこうにか到着してみるとそこは標高5,200mの世界。当然空気も地上よりも薄く、何よりも寒い。目の前には宿となる大きめの黒いテントが10数個設置してあるだけのところでそれ以外には何もないようだ。
夕方、ベースキャンプから少しだけチョモランマが見えた。それにしても夜は何もする事もなく皆で9時PM就寝。
標高が高いせいか夜中何度も目が覚め、なかなかゆっくりとは眠れなかった。
Day4
7時AM起床。他のメンバーと共にテントの外に出る。8月だと言うのにもの凄く寒い。今回の旅でまさかエベレストB.Cに来るとは思っておらず、手袋も何もなく手もかじかんでしまう。
ここもやはり北京タイムが施行されておりこの時間でも外はまだうっすらと暗い。しかし、早朝である為か雲も少なく目の前にははっきりとチョモランマの姿が。雨季が終わりかけているとはいえ、天候が安定しないこの時期、チョモランマの姿を見る事ができたとはラッキーだ。
チョモランマを堪能した後は早速次の町へ向け出発。
この辺りから氷河の風景が少なくなり、緑が沢山目に入るようになってきた。
そして、お昼頃にティンリーというこれまた聞いたこともない町に停車し、ここで昼食。雰囲気的には一昔前の西部劇にでも出てきそうな町の雰囲気であった。
旅のハイライト ー いよいよ最後の峠 ー 標高約5,000mのニャラム峠を越えるともうチベット世界とはおさらばだ。
峠にはよく小さなチョルテン(仏塔)などを建て神聖な場所としているチベット人は峠に差し掛かると必ず車を止め、小さなお祈りを捧げる。
時にはそこで空に向け「ラーギャロー!キキソソ・ラーギャロー!」と声高く叫び、山や川を讃え、自分たちをお守りくださいと祈る。
峠には無数のタルチョがはためき、ここニャラムではその数が半端なく多い。足元を見ると地面にはその役目を終えたかのような朽ち落ちたタルチョが幾つも見受けられる。
目を凝らすと遥か彼方には雪を冠したヒマラヤの山々が姿が。そう、今我々はあの山を超え、ここまでやって来たのだ。
思えば約一年前にインド・ダージリンでヒマラヤを目にした時に初めてチベット世界というものを意識したのだ。そして、今回遂にチベットまでやって来て、その世界から今、抜け出そうとしている。
旅の初めに韓国・慶州の南山で見た祈る人の姿をふいに思い出す。懐かしいというか、もう遙か昔の事のようだ。
中国・洛陽の龍門石窟群の前に流れる河でのんびり釣りを楽しむ老人の姿、通りの向こうから聞こえてくるベトナムの新年を祝う声、そしてミャンマーの光り輝く仏塔を前に祈る人たちの姿や北インド・ラダックのチベット世界など、これまで旅してきた光景がふいに思い出させられる。
これらの旅で見た風景を夢の中の世界のように思う。
私もここニャラム峠で他のチベット人と同じように小さく祈りを捧げ、車に戻った。
我々を乗せた車は徐々に高度を下げ緑豊かなネパールの世界へと突入していくのが肌で感じられた。