京の町歩き、あの世への入り口-六道珍皇寺

 京都最終日 - 午後の新幹線の時間までの間、朝は三条大橋の袂のスタバにでも行って、その後五条烏丸でニシン蕎麦でも食べようと思っていたが、前日にどちらも済ませてしまったので、他にどっかいいところあるかな?と京都の友達に会った時に軽く話していたら、「そうだ以前から行こうと思っていた六道珍皇寺に行こう。」と自己解決(自分で相談しておきながら自分で答えを出すと言うよくあるパターン)。

 そして友達曰く、場所的(時間的)にも丁度いいし、それなら近くにある縁切り神社の安井金比羅宮にも行って来たら?という訳で、この日の予定は決定、朝から宿の近くを散策し、まずは東山区にある六道珍皇寺に向かった。

 六道珍皇寺 - ここは正にあの世とこの世の境界に位置するところで、平安の頃、役人の仕事に就いていた小野篁(おののたかむら)が今で言う副業的に閻魔大王のお仕事の手伝いをする為に使用していた”冥土通いの井戸”が残る場所である。

 因みにご本尊様は薬師如来坐像で、実は私が訪れた時期、井戸や薬師如来坐像は秋の特別公開中で - そんな事とは知らずに訪れたもんだからとてもラッキーでした。その他、境内には閻魔大王像や小野篁像を安置している建物もありました(写真撮影は禁止)。

 そして境内には迎え鐘 - お盆の時期、この鐘を鳴らしご先祖の精霊を迎え入れると言う梵鐘 - があり、こちらは撮影もOKで鐘を鳴らすのもOKでしたので、まだお盆ではありませんでしたが、鐘をごーんと一撞きしてきました。

 さて、井戸である、どうやらこちらも覗き込む事は通常出来ないらしいのだが、この日は特別公開期間中で近くまで行って中を覗き込む事ができました。因みに井戸自体はお寺の建物の縁側からのみ撮影可能でした。

 井戸は2,3m程の深さで水が何となしに底に溜まっている感じで(こちら現在は水は沸いていないそう)、あの世の様子が何となく伺えました、多分。

 更に奥に進むとあの世から戻ってくる為に利用していたと言われる”黄泉返りの井戸”があり、こちらは深さが100m程で中を覗くとずーっと奥には暗い底が広がり、底からはひゅー、ひゅーと絶えず音が聞こえて来て、あの世からの出口と言うのも本当かも、と思ってしまう迫力がありました。(こちらの井戸は撮影禁止でした)。

 あの世の入り口と出口を堪能した後は、安井金比羅宮へ - 最初に縁切り神社と書いたけど、要は悪縁を切り良縁を得るという事で、実はこの神社、14年程前に何故か夜中に京都の友達と訪れた事があって、あの時は夜だったと言う事と友達に連れられて行ったので、どの辺りに位置しているかイマイチ分かっていなかったのだが、そうか、この辺りにあったのかと今回改めて場所が分かりました。

 そして勿論、悪縁を切り良縁をお願いしてきました。

 そして、六道珍皇寺から安井金比羅宮への移動途中に八坂の塔を発見 - 以前のBlogの記事で京都は何度も訪れていると書いた気がするが、実はここから八坂の塔に近いとは知らなく、そのまま八坂の塔、二年坂(二寧坂)、三年坂(産寧坂)へと抜け、清水寺へ - このまま清水寺まで行ったら色々と時間がなくなると思い、清水さんは遠くから拝んで、再び京都中心部へと戻りました。

 三条大橋のスタバ - 京都に来てまでわざわざスタバ、と言う感じがしないでもないが、ここを初めて訪れたのはそう、もう20年程前かもしれない。
 地下にある席から(ガラスを通してであるが)鴨川は直ぐ目の前で、京都で言うところのちょっとした床気分を何となしに味わう事ができる事もありお気に入りの場所である。
 
 前日訪れたと言っても日が暮れた後だったので、今回陽がさんさんと注ぎ込む時間帯に再チャレンジ、しかし、いざ訪れてみるとわざわざ店内でなく、外の河原でもいいなと思い、結局テイクアウトして河原でコーヒータイム。河原では練習中なのか、ちょっとしたオーケストラの楽団がクラシック音楽を奏でていたり、地元の人がちょっと早い昼食を取っていたりと思い思いに過ごしており、あ~、やっぱり鴨川はいいな、としばし私もエセ的に京都市民になった気分でのんびと過ごしてきました。

 最後は先斗町を抜けて四条へ、ちょっとのんびり町散策をし過ぎて居たら意外と時間がなく、行きと同じく帰りも駅弁買ったりしていると新幹線の時間ぎりぎりになってしまった。

 最後ちょっと慌しくなってしまったので、次回京都を訪れた際はのんびりと町歩きをしよう、なんて事を思っていると直ぐに新幹線はホームを離れ、今回の神戸と京都の旅も無事終了し、一路横浜へ。

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