「祭」が生まれる瞬間(とき)、「廣川玉枝 in BEPPU」を巡る

 別府の芸術祭「in BEPPU」、2日目は廣川玉枝さんの作品を巡ってきた。 - 前回のブログで確か「in BEPPUという芸術祭は毎年1組のアーティストを招聘して・・」と書いたかと思うのだが、前回ご紹介した梅田哲也さんは前年度の招聘アーティストでこの度再公開しており、今年度は廣川さんという具合だ。
 
 なので、私が訪れた2月、タイミングよく2人のアーティストさんの作品を巡ることができ、まさにいいタイミングであった。

 さて、廣川さんの作品は鉄輪(かんなわ)エリアで展開されており、鉄輪は別府駅からバスで20分程走った山間にある温泉街で、湯治場なんかでも知られている。訪れてみると旧き良きとでも言おうか落ち着いた雰囲気の温泉街が広がり、町中は地表からの噴気でもうもうと満たされている、そんな町だ。

 服飾デザイナーでもある廣川さんが別府の地を訪れ作品のテーマとして選んだのは「祭」 - それもこれまで日本各地で行われてきている祭をアレンジしてという具合でなく自ら「祭」を作り上げるというものであった。

 昨年の12月18日には、廣川さんがデザインした衣装 - 別府を形作る自然をイメージしたデザイン衣装(それは見た目は何となしに日本の妖怪や鬼のような風貌) - を身に纏った市民が練り歩くという「地嶽祭神事奉納」を行ったそうである。昨年の12月18日と言えば冬至に当たる日で、まさに太陽が生まれ変わる日、この地で新たに「祭」が生まれたという事である。

  この神事は私も生で是非見たかった!が、こちらの模様は映像作品として鉄輪の洗濯場跡で見る事ができました。

 ご覧のように「赤」、を基調とした作品の数々で、鉄輪の町中を歩き始めると町のあちらこちらが、赤、赤、赤色に染まっておりました。

 大々的に展示されているインスタレーション以外にも鉄輪各所の商店などの暖簾、そして働いている人達が身に付けている法被なども廣川さんデザインのもので、これらが実に素晴らしく鉄輪の町中に1つの世界を創り上げていました。

 別府(大分)に来る度に感じる事なのだけど、同じ九州でも私が生まれ育った長崎とはだいぶ違うなぁと感じる。九州はほぼ中央にある阿蘇や由布岳なんかで東と西で文化を分かつとでも言うか、ざっくり言うと長崎は海のイメージで大分は(勿論海もあるけど)山がち、そして宗教的にも大分は長崎と違い仏教的なイメージを想起させる(それはきっと各地にある磨崖仏や仏石などのせいかもしれない)。

 そんな中、今回の廣川さんの作品はやはり大分的というか、別府の中で生まれた作品だなぁとつくづく感じさせられた。これと同じ作品の発想はやはり長崎の文化からでは生まれないのではないかと思う。雲仙辺りだったら割とマッチしそうではありますが。

 ぶらっと巡り歩きこの日最後はバスターミナル近くの大谷公園と呼ばれるエリアに行って来た。ここには前述した12月18日の神事の際に使われた衣装が展示されていた。

 この公園の高台には足岩盤浴もあり、そこからもよくこの公園が見渡せた。遠くに別府湾もよく見渡せる - こんな場所があったとは新たな発見であった。園内では子供達がサッカーをやって遊んでおりそんな光景を眺めるにつけ、こんないい環境で思いっきり遊べる事に羨ましさを思うと同時に、子供達はそこに展示されている廣川さんの展示にはお構いなしに遊びに興じている風景は何だかとてもシュールであった。

 この日はひとまずここまでとし別府にバスで戻った。もう1箇所鉄輪エリアの北側に位置する神社にも展示があるようなのでそこへは翌日出掛ける事とした。

 - 翌日、目指すは火男火売(ほのおほのめ)神社。なかなか勇壮な名前だ。

 何でも鶴見岳の男嶽、女嶽の二峰を神格化した火男、火売の2神をお祀りしている神社 - 867年に鶴見岳が噴火した際に、それを治めた神社であり、噴火によって出来た別府の地獄や温泉の守護神でもあるとのこと。

 実に霊験あらたかである。この日は最後にむし湯のライトアップを撮影しようと思うべく出発を遅らせて、別府市内でゆっくり食事をしたり、湯巡りをしていたら、展示終了時間近くになってしまい、神社まで早足で向かう事になってしまった。

 展示終了残り僅かという時間帯に到着、何とか間に合って安堵した。しかしこの終了間際という時間がよかった。というのも境内には私以外誰も居らず - しんとした境内に聞こえてくるのは手水舎からのちょろちょろとした水の流れ、そして鳥の声だけ - 。

 神楽殿に展示されていたのはここも衣装であるが、前日の大谷公園とは違いここには1体のみの展示である。

 場の力、というものはやはりあると思う - 手水舎の水や鳥の音を聞きながらそんな衣装展示を見ていると前日の公園で見た衣装展示とはやはり違いがあり、ここではもっと何かを感じる事ができた。その”何か”というのは上手く言葉ではできない感じるものであるのだが - 敢えて言うならそこに存在する衣装を身に纏った人形に魂みたいなものを感じ、今にも動き出しそうな、とかそんなものだ
 - 傾いた夕日の中、この衣装展示と向かい合った時間は非常によかった。

 去りがたし火男火売神社を後にし、最後むし湯へと向かった。むし湯でいい感じに蒸され - ここでは薬草が敷き詰められた石室の中に横たわり8分~10分ほど蒸され、その後湯に浸かる - というものだ。 

 外に出ると日もすっかり落ちていた。むし湯に施されライトアップされたインスタレーションを最後に堪能し、鉄輪の町を後にした。

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