地層切断面と波浮の町並み - 伊豆大島の旅

 あれは1年程前だったか、熱海のMOA美術館から遠くに望む2つの島を見て、「あれはどこの島だろう?」と思ったのが最初で - そこから見えていた手前の島は初島、そして奥に大きく見える島は大島だという事が判明 - 大島はこれまであまり意識した事がなかったが、色々調べてみると三原山を有した島だと言う事を改めて知った。

 前回、三原山が噴火したのが1986年であるから私がまだ小学生の頃だ。 - 薄っすらとではあるがTVの画面の中、三原山の噴火を中継しているTV映像の記憶があるが、時が経つに連れ、あの映像は浅間山だったのか、三原山だったのかそれともどこか関東近辺の山だったのか判然としなくなり、そもそもにおいて、九州と言う土地柄で育ったせいもあるのか、関東周辺の地理となるとちょっとばかり怪しくなる事もあり、大島 = 三原山と言う事すら瞬時には分からない程であった。 

 しかし、熱海を訪れて実際に(遠くからだけど)大島を望んだ事がきっかけとなり改めて色々調べてみると面白そうな島である。三原山に関しては1986年噴火の前の噴火となると、1950年頃、つまりは36年周期と言う訳でもないかもしれぬが、1986に36を足すと2022になる - そう、今の内に、と言うか行ける内に色々と訪れないと機会を逃してしまう昨今の世の中、この機会に訪れる事にした。

 
 大島までは竹芝から高速船を使うと僅か1時間45分で到着する事ができる。伊豆七島の内、20年程前に御蔵島を訪れて野性のイルカと戯れると言う事をやっていた以来となった竹芝 - 御蔵行きの船は夜便だったので竹芝 = 夜のイメージがあったが、今回初めて朝訪れたので、以前とちょっとばかし印象が違うようでもあるが、それが久し振りのせいなのか、時間帯のせいなのかは判然としなったが、何だかターミナルはやはり昔に比べ小奇麗になっているような気がした。

 高速船と言う事で、揺れて船酔いしたらどうしよう - と言う私の心配をよそに船は全く揺れる事なく滑るように東京湾を走りぬけ大島に到着した。到着したのは朝の9時45分、港が広い。最近は沖縄や瀬戸内の島々を訪れる事が多かったが、どこよりも港が広いような気がする。待合いのターミナルがちょっと離れた所にある為か、船を降りると港はとっても開放感があり、正面には三原山が聳え、1時間45分ばかしの旅だったけど、大島にやって来た感でいっぱいになった。

 三原山へ登るのは翌日とし、この日は地層切断面と南の方にある町中を散策しようと思っていた。 - 三原山へのルートや宿の事ばかり考え、初日の事はそれ程計画していなかったのだが、船で移動中、「島中はバスで移動しようと思っていたけど、レンタルバイクもいいかもしれない。港に客引きの人が居たらバイクを借りようかな」と漠然と思い至ったのだが、残念ながら港にはレンタルバイクの客引きはおらず、そのままターミナル前からバスに乗り込み、まずは地層切断面を目指す事にした。

 地層切断面 - 通称「バームクーヘン」と呼ばれるこの地層は港からバスで15分位走ったところにある。何層にも重なった地層がむき出しになっており正にバームクーヘンのようだ。火山灰などの堆積物で形成されたこの地層、まさにここ大島が火山の島であると言う事を物語っている場所である。

 バスには地元の人が2,3人と私の後ろには中国語を話すカップルが乗っていたが、ここ地層断面前バス亭で降りたの私1人であった。バス亭のデザインもバームクーヘンになっていてなかなか気分を盛り上げてくれる。そして地層切断面の前には広い海が広がっておりオニギリ型をした島なんかが見える。 - この島はどうやら利島のようだ。

 地層切断面は約600mに渡って続いているのだが、特に観光名所的な感じでもなく、大島一周道路の脇に突然と現れる。ここには絶景の他にはバス亭しかなく、自販機すらなかった。バスを降りた時に次のバスの時刻をチェックしていたのだが、次のバスは50分後だ。この炎天下の中、約50分待つと言うのはなかなか辛そうだ。

  逆方向、つまりは港に戻るバスを確認してみると約20分後に来るようで、これに乗ろう、と思いきやこの20分後のバスは船が岡田港に発着する時の時刻のようである。今日の船は元町港発着であったので(日や天候で船の発着港が変動的であるようだ)、つまりはこのバスは、この日は来ないと言う事になる。

 絶景は絶景であるが、そもそもがみなここはレンタカーやバイクで訪れるようなところなのであろう。仕方がないので50分後のバスに乗る事にした。せめてここに来る前に水くらいは買っておくべきだった。

 ようやくやって来たバスに乗り込み、次に目指したのは島の南、波浮港へ - ”はぶ”港と読みます。

 ここは何があると言う訳でもないのだが、バスを降りると目の前には古い町並みが。のんびり散策、そして、折角なので自販機とかではなく地元の小さな商店を見つけたので店内へ。乾き切った喉を潤すべく飲み物を手にしてごっつい算盤が置いてあるレジに向かうが誰も出て来ない。。「すみませーん」と何度か呼ぶが反応なく、奥を覗き込むと婦人が1人、ソファで寝てました。暫くして私の存在に気付き、何か御用ですか?と言うような顔をしてレジにやって来た。

 やはり地元のお店で飲み物を買って正解だった。と言うのもこのご婦人、1986年当時の噴火時の様子の話をしてくれたり、ちょっと行ったところに揚げたての美味しいコロッケを販売しているお店の事なんかも教えてくれ、早速次はそのお店へ向かった - 歩くこと2,3分、お店は直ぐに見つかり、ここではコロッケの他にも色々と揚げ物を販売しているようだが、みな買うのはコロッケばかり - 中には10個とか購入する人も。コロッケパーティーだ。

 私は1つだけ買い求め、晴れ渡る空の下、綺麗な海を眺めながら揚げたてのコロッケを食す、それはそれは美味でした。

 食事をするところを探しがてら波浮港を一望できそうなネーミングの波浮港見晴台へ行ってみた。ここには都はるみさんの「アンコ椿は恋の花」の歌碑もあり、残念ながら私はこの歌はタイムリーで聴いた事がないのだが、映画「パッチギ!」で前田吟さんがこの曲を聴いていたシーンがあったと思う。映画のワンシーン、何気に流れていたあの曲、そうか、大島を舞台にした曲だったのか。

 見晴らしは最高によかった。しかし、食事を出来そうなところがどこにもなく、仕方なく先ほど船を降り立った元町港周辺へ一旦戻る事にした。

 暫く波浮港を眺めながらのんびりとバスを待つ時間はそれなりによかった。

 元町港近くにある、寿し光さんへ。入り口にゴジラのオブジェ、何故ゴジラ?と思っていましたが翌日分かりました(答えは次回のBlogで)。これまで島寿司というものを食べた事がないので、是非とも食べたいと思っていたのだが、ランチメニューは丼ものしかなかったので、しま丼を注文 - しかし、こちらにも島寿しのような漬けになった切り身が乗っており、島寿司もきっとこんな味だろう、と言う事で堪能できました。

 
 食事の後は近くで本読みながらコーヒーのんで、そろそろチェックインできる時間になったので一旦宿に向かう事に - この日は港から長い坂を登ったところにある民宿へ。

 宿に入ると誰もおらず、しーんとしている。「すみませーん」と何度か呼んでみたが反応なく、中庭にテーブルとイスが置いてあったので暫くそこで待つことに。中庭の目の前には離れになった家があり、ここに宿の主さんは居るような気がしたのだが、中庭の空間がどうも心地よく - 日陰になっており、時折爽やかな風も吹き込んでくる - 遠くから聞こえて来るひぐらしの鳴声なんかも心地よく、暫くここで本なんて読みながら過ごしていると、ガラッと離れの玄関が開き、宿の人が出てて来て、私を見るなり(誰も居ないと思っていたようで)、開口一番「あっ!ビックリした~!」と驚かれてしまった。

 宿で暫くゆっくりし、夕暮れ時、海岸沿いにある御神火温泉へ - 御神火と言う言葉は実は大島で初めて知ったのだが、「ごじんか」と読み、火山の噴火・噴煙を神聖視していう言葉であるそうな。正にここは火山と共にある島、と言ったところでしょうか。

 温泉も良質で、ロビーにはマラソンの高橋尚子さんの写真と寄贈されたランニングシューズが飾ってあった。そうか、Qちゃんが小出監督とシドニーオリンピックの前にトレーニングをしている映像を昔、見た事があるがあれは大島だったのか。

 温泉から出て暫く夕涼みすべく海岸沿いを歩くと遠く光の向こうにうっすらと半島が見えた。熱海辺りかな?と思ったけど、後で調べてみるとどうやらもう少し南の河津とか下田あたりのようだった。

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