慶州・韓国 2003

古都-慶州、鄙びの美。

 釜山の宿で私と同じようにこれから長くアジアを旅するという日本人に出会った。彼もこれから韓国を回った後、中国に渡り、その後東南アジアやインドなどに行くという事だった。
 大阪の大学に通う彼は大学を1年休学しての旅の途中であり、驚いた事に彼はちょっとした韓国語を話したり読んだりする事ができ、聞くところによると折角なので、訪れた国々で簡単な言葉くらい話せるように、とその国々の言葉も学びながら旅をするというスタイルであった。
-このスタイルが後々の私の旅のスタイルにも影響を与えてくれ、私も訪れる国々でちょっとした言葉-せめて挨拶とか数字くらい-を学びながら旅をするようになった。

さて、
釜山から僅かバスで1時間ほどの距離にある慶州は嘗ての新羅の都である。
釜山の後、ここを訪れるという大学生の彼に、特にこの先のルートも決めていなかった私は着いて行くことにした。
 慶州は日本で言うところの京都のようなところ、と聞いていたが、到着してみての私の印象は京都のような煌びやかさよりも、素朴な良さがある奈良のような印象であった。
至るところに、こんもりとした山の古墳が点在し、黒瓦の平屋建ての屋根が広がる実にのんびりとした雰囲気の街であった。

 慶州では最初、ローカルの人が泊まるような旅人宿(韓国でヨインスク)というところに泊まった。地元民が泊まるような宿でローカルのような気分を味わうというとてもよい経験であった。

 宿に荷物を置いた後、この日は列車に乗り、仏国寺という寺院を訪れた。
ここには沢山の地元の小学生が沢山遠足か何かで訪れており、我々を見て「イルボン」とか「イルボンサラム」言っており、どーいう事かと言うと「イルボン」とは「日本」、「イルボンサラム」は「日本人」と言う意味で、この後、韓国で何度も聞いたり、言ったりするようになる言葉-イルボンサラム-はここで覚えた。

 慶州Day2
前日宿泊していた旅人宿は、2日目にいきなり何故か倍の値段(1,600円ほど)になると言うので、チェックアウトして別の宿を探すことにした。
今度見つけた宿は慶州の典型的な古民家を改築した宿で、2人でシェアすると1人1,200円ほどと言う事でこちらに落ち着くことにした。

 サランチェという宿で、ここには広い中庭がありここには珍島犬と言う韓国版柴犬のような犬も飼われており、それもまたグッドポイントであった。

 この日は市街地をぶらぶらしたり、雁鴨池と呼ばれる嘗ての宮殿の跡地を訪れたりした。夜、大学生くんと食事に出掛け、帰りに買ったビールを中庭で一緒に飲んでいると宿のオーナーが年に1度この地域で行われるというお祭りに連れて行ってくれた。
 訪れてみると、我々が泊まっている宿と同じような造りの古民家に近所の人達が集まり、お酒を酌み交わし、太鼓を叩きながら1人1人順番に唄って踊るというもので、とっても伝統的な感じのするお祭りで楽しめた。
我々も何か1曲、という事で大学生の彼が何か歌った気もするが、何を歌ったか今となっては記憶の彼方・・・坂本九の唄だったかも。。兎に角、飲んで唄っての楽しき夜であった。

 慶州Day3
慶州観光もこの日が最後である。
この日は朝から南山(ナムサン)へ大学生くんと向かった。
山全体が聖地になっているようなところへの日帰りトレッキングである。

 ここには100程の寺跡や80程の石仏がある為、全てを一日で回るのは無理で、ある程度コースを絞り6時間程で回れるコースを巡ってきた。

 まずは三陵渓谷という場所からのスタートである。
渓谷の中腹辺りに差し掛かると頂上辺りのスピーカーから流れて来るお経が聞こえてくる。巡礼で来ている人も居れば、ピクニック感覚で来ている人達もおり、みな様々である。途中出会った尼さんのような方に柿とおはぎを頂いた。

 ここで見かける石仏はどれも首を落とされており、いつ、どの戦いでそのようになってしまったのか不明であるが、それでも昔から変わらぬ姿で佇む石仏や直接岩に彫り込んだ磨崖仏を沢山見る事ができた。
 そして、山頂に辿り着く手前で、この渓谷で一番大きな釈迦如来の石仏に出会った。
石仏の前で一心不乱にチベットでよく見かける五体投地のような祈りを繰り返す人の姿を見るにつけ、この地に根付く仏教の力というものを感じたりもした。

翌日、3日間過ごした慶州ともお別れである。
宿をチェックアウトし、お昼発のバスまでの時間を宿の中庭で過ごさせてもらい待っているとオーナーさんが、「サービスです。最後食べて行って下さい。」と言ってチヂミ、餃子、ポークミートをご馳走してくれた。

慶州では、地元民が泊まる旅人宿も経験できたり、このサランチェという宿もとても良かった。
街も人の手が作ったようなわざとらしさがなく、時間が作り出す、いい意味での”鄙び”があり、とても良いところであった。

 釜山から一緒に旅をした彼ともここでお別れ。
2人でバスターミナルに向かい、この後実は上海でばったり会う事になるのだが、そんな事その時は勿論知る由もなく、「お互いよい旅を」と言い合って彼と分かれた。

彼はこの後、韓国の真ん中で東寄りに位置する街-安東(アンドン)-へ、そして私はソウル行きのバスに乗り込んだ。
季節は晩秋に差し掛かっていた。

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