デット島、コーン島・ラオス 2004

 デット島に掛かる橋 - シーパンドン・デット島

 デット島で宿泊したコテージの目の前は、もうメコン河だ。そして、河の向こう側にはコーン島と呼ばれる島があり、両島は橋で結ばれている。 - この橋はその昔、フランス軍が掛けた鉄道橋であり、当時ラオスを占領支配していたフランス軍はメコン河の浅瀬や滝などを避ける為、ここに橋を掛け蒸気機関車で物資などを輸送していたという。

 そして、フランス軍撤退後、鉄道は使用されることなく、現在橋だけがいわゆる戦争の負の遺産として残ることとなった。そんな負の遺産的な橋であるが、橋があるおかげと言っては何だが、この橋を使って隣のコーン島へ渡る事が出来るだけでなく、橋の上でのんびりと流れ行くメコン河を眺めたりと(橋の両端がコンクリートで固められていて腰掛けるには丁度いい具合になっており)、島民もよくこの橋の上に座り込んで寛いだりしていた。

 私もここの橋の上から流れ行くメコン河を眺めたり、夜には一緒にこの島に来た日本人達と寝転んで満天の星空をここから眺めたものである。

 観光客がこの橋を使ってコーン島側に渡るには実は料金が掛かる。橋を渡った所に料金所が設けられており、そこで5,000kip(=0.5ドル)入島料なるものを支払うことになる。なので、いつでも気軽に橋を行き来する事はできない。

 なので、(たかが0.5ドルであるが、いかんせん宿は1泊1ドルなのだ。)この日はコーン島を観光しようと他の日本人達と相談して、行く日を決め皆で出掛ける事にした。

 橋を渡り、入島料金を払いコーン島側に渡ると、使われなくなり放置された蒸気機関車があったりはするが、基本的にはやはり何もない所で- その何もないのがこの島の良いところでもあるのだが - 人も動物達も実にのんびりと過ごし、ここも又デット島と変わらぬ穏やかな島であった。島の中には滝もあったりし、みなで滝まで出掛け岩登りをしたり、また島の端からは河イルカ探索クルーズがあり、最後は船に乗って河イルカを探す事とした。

 河イルカ探索クルーズは1人24,000Kip(=2.4ドル)ほどであった。イルカは元より、のんびりとメコン河をクルーズできるでけで気持ちいい。のんびりと進む船の上、日も傾き始め、頬に当たる風が心地よい。河イルカが生息しているのはもうカンボジア近くらしく、船頭がカンボジアへ入り船を着けようとするので、我々はみなでカンボジアに勝手に入らないよう口々に「No Cambodia、Dolphin Dolphin!」と言うと、船頭は「Dolphin Camobodia」、「Dolphin Camobodia」と繰り返す。どうやらこの辺りに暮らす人々はそれ程国境と言う概念がなく(それはそうだ、そもこの辺りを自由に船で行き来していたら国境の概念と言うものはそれ程ないのであろう)、お構いなくカンボジアへ入ろうとするので、我々はひたすら「No Cambodia,Dophin! Dophin!」と叫び、船頭は船頭で「Dolphin Camobodia」と繰り返すと言う何だか奇妙なクルーズでもあった。

 結局船はカンボジア手前で止まり、遠目に河イルカを見る事ができた。 - と思う。船頭曰く、イルカが居たと言っていたが遠目でもあり、本当にイルカだったのか、と思ったりもするのだが、イルカを見たとか言う事よりもクルーズ自体がとても楽しかった。カンボジアへ沈む夕日も美しく、それだけでもこのクルーズに参加した甲斐はあったと言えるかもしれない。

 ーある日、私がコテージの前のメコン河に浸かり水遊びをしていると、橋の上を鮮やかなオレンジ色の袈裟を身に纏った僧侶達数人が通り過ぎる光景に出くわした。鮮やかな青い世界に実に映えたオレンジ色の袈裟であった。私は慌てて自分の部屋に戻り、カメラを手にし再び元居た場所に戻ると幸い、僧侶達はまだ橋の上に居り、私は半身メコン河に浸かりながら、その姿をカメラに収める事ができた。

 かくしてデット島での日々はあっと言う間に過ぎて行き気付けば1週間経っていた。 - 思えばバンコクで出会った○山さんに「ラオスの南にとても素敵な島がある」と教えてもらい、彼に着いて来る形で訪れたデット島。この島はこの時(2004年)に訪れる事が出来て本当に良かった。

 滞在最終日、いつものようにこの日もデット島の時間はのんびりと流れ、夕日も格段に美しかった。

 デット島ではモノクロフィルムでも何枚か撮影した。
 
 - これらの写真を見るにつけ、モノクロの方が饒舌に語るとでも言うか、たまたまモノクロフィルムが入っている時にこの島で暮らす人達の写真が多くなったのかは分からないが、これらの写真はデット島らしさと言うものを如実に語っているように思う。

 これらの写真を見るにつけやはり、デット島での日々は最高だったと思う。
 この頃出合った子供達、みな元気で今もこの島で暮らしているだろうか。

Leave A Comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA